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Mac Ga Ichiban! 1996 August
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MACTHEBEST-1996-08.ISO.7z
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ひのりん
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Read Me(長いっ!)
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1996-05-06
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5KB
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45 lines
*** 長い長いごあいさつ(暇なかたはどうぞ) ***
どうもこんにちは。はじめて投稿させていただきます。以下の文章はやや冗長なものとなっておりますので、CG□の制作に興味をもっている方のみ、読んでいただければ結構です。
作品は一応PICT形式で保管してありますので、アイコンをダブルクリックすればご覧になれます。
さて、いきなりですが、これらの画像は作者が勝手に提唱するところの「ローエンドCG」の一例として制作されたものです。耳慣れない言葉で「なんだそりゃ」と思われる方も多いと思いますが、要するにこの言葉は、「ハイ(=高級な)エンド」ならぬ、その逆の「ロー(低級な)エンド」を意味しているわけです。
思えば、世間一般には「CGは金がかかる」という迷信(?)が流布しているようで、確かにそれはある意味でそのとおりなのですが、それはあくまで3Dや、大容量の画像を扱おうとする場合に限った話です。そして、もちろん3Dや、高画質のCGのみがCGというわけではありません。もし、そういった方向にのみ、CGの意味や方向性をみいだそうとするならば、それは逆にCGのもつ可能性を制限することになってしまうでしょう。
現在のCGや、あるいは絵画全般にとって、「リアリティー」、すなわち「いかに現実に近い姿で描くか?」というのがおおきなテーマであることはいうまでもありませんが、かといって絵画は写真ではありません。最近よく思うのは、写真と絵画では、じつは絵画のほうが、一見したところとはうらはらに、次元数が高いのではないか、ということです。
絵画は2次元で、現実は3次元というなりたちをしていますが、絵画が人間によって描き出されるものである以上、絵画の平面上には「心」という、あらたな認識の次元が付け加えられているはずです。その意味で、精密でリアルな画像よりも、粗い筆致の油絵のほうが、表現としては魅力的なばあいもあるわけです。
ここから、「ローエンドCG」の考え方もうまれてきます。
普通の絵画制作の過程においては、線や形や色彩を組み合わせていくことによって□、現実のものに近い形像を画面の上に再現していくわけですが、「ローエンドCG」においては、逆に、デジタルフォトや、スキャンした画像などを加工し、絵画的な調子をつけくわえていくという方法をとります。
こうすることによって、単なる現実そのものの像にはない、いうならば「心的次元」を画像のうえにつみかさねていくわけです。
以上が、「ローエンドCG」の簡単な考え方ですが、まあややこしい話しはぬきにして、とりあえずは実際に作品をご観賞くださいませ……。
なお、制作環境はあとにも述べるように、Performa 588で、メモリはなんと8MB(!)、ソフトは基本的にPhotoshop一本です。□□photoshopはさすがに高価なハイエンドクラスのソフトですが、あとは基本的にお金をかけていません。Q-camは友人宅にて使用させてもらい、サンプルの画像も自分でスキャンしたものではなく、CD-ROMなどからもらってきたものです。描法もマウスのみを使用しており、アートパッドなどは使用していません。(なんせ、私はまだプリンターももっていないのだ!□□□□□)
まあ、金はなくともCGはなんとか工夫次第で楽しめる、ということをなんとか証明したかったわけです。(しかしメモリ不足にはさんざん苦しみましたが……)
*** さらにお暇な方は作品紹介でもどうぞ ***
"Tsui-soh": 漢字で書けば、「追想」。同一画面上に、異なる画像を重ねて内的な世界を形像する、典型的な幻想画の画法で描かれた。なお、この男性はレンブラントの作品からサンプルし、少々手を加えたもので、フランシスコ会の修道僧とのこと。灰色の衣服と、外見的な禁欲のうちに、この人物はいったい何を思っているのでしょうか?
"akogare": 「あこがれ」。ルネッサンスの絵画にしばしば登場する天使たちは、いつも奇蹟のように純粋な表情をたたえ、そのまなざしはどこか不思議な場所へとそそがれています。そんな天使たちのうちの一人を、色調補正にかけて、明確な輪郭をそなえた肉体を、より本原的な光りの身体に近づけて表現しようと試みた。美しい色彩を追及しているうちに、期せずして教会のステンドグラスのような感触をもつに到った作品。
"Hokorobi": 「ほころび」。人物の背後に花がさきみだれるという、われながら恥ずかしい作品。ひとむかし前の少女漫画の、幻想の花が咲き乱れる画面へのオマージュでもあります。画中の、花に囲まれた美青年(!)は私の知人をQ-Camで取り込んだものですが、このような甘ったるい絵をこよなく嫌う、この知人にたいする巧妙な「いやがらせ」の一貫でもあるという、ひねくれた意図をこめた作品。□□
"Shin-sei": 「新生」。この題名はかのダンテの作品からの引用だが、内容はこの場合あまり関係がない。14世紀イタリアの、ルネッサンスの曙のイメージ。桃色の背景に天使の姿をかさね、さらにあやしげなフランス語を書き添えた。いちおう、『毎日、新しく生まれ変わりましょう』という健全なメッセージと、人々がそのように生きられるような願いをこめたつもりであるが、このフランス語が文法的に正しいかどうかは定かではない……。
"作者近影": ……どうもお見苦しい画像で、すみません。しかも、画面のなかの作者は愛と恍惚にひたっております。どうしてもエル・グレコの絵のなかに入ってみたい、という密かな願いを実現させてみました。 どうか暖かい目で見守ってやってください。
===== 制作環境 ===================================
使用機種:Performa 588 (8MB memory) および Q-cam
使用ソフト:Photoshop2.5J
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*著作権は完全にフリーです。
*最後になりましたが、よろしければ皆様のご意見、ご感想をお寄せ下さい.......
lh66029@hongo.ecc.u-tokyo.ac.jp 日平 勝也(ひのひら かつや)